Narrative 03

いつもご機嫌さんでいるために | MAISON de DESSIN 太田千春

Comme le doux son d’une guitare que l’on entend quelque part dans l’après-midi,
je voudrais rendre votre cœur paisible.

「昼下がりにどこかから聞こえてくるギターの音色のように、あなたの暮らしを豊かにしたい」

太田千春さんが運営するデザイン事務所 MAISON de DESSINの名刺に記された言葉です。
ふんわり夢見がちな柔らかさと、しなやかな強さが同居する。人柄にもデザインにも醸し出されるそんな雰囲気が魅力的な千春さん。

今回、ゆっくりインタビューをさせていただき、仕事のこと、おしゃれのこと、人生のことをたっぷり語っていただきました。

MAISON de DESSIN が手掛けたお部屋(提供:太田千春)

内装設計、インテリア、お店のロゴやパッケージなど、さまざまなデザインを手掛けられていますが、現在に至るまでのバックグラウンドを教えてください。

千春:学生時代はビジュアルデザインを勉強していました。卒業後は、店舗のポップや什器、ディスプレイ、パッケージなどを手掛けるデザイン会社に就職し、その後、建築に関わりたくてベンチャー系の工務店に転職しました。大きなビルのトイレの設計と施工をする会社で、そこで働きながら建築の基礎を学びました。その後、派遣社員をやってみようと、ゼネコンの構造設計のオペレーター(CAD)として働きました。お給料もよかったし、残業もなく休みもしっかりあったので、インテリアの勉強をするサロンに通い始めたんです。少人数制でデザイナーの方が個人でされているサロンでした。そこで、今の仕事の前進となる会社を紹介してもらったんです。1日アルバイトで行ったのがきっかけで、時々手伝いに行くようになり、そのまま働くようになりました。
マンションのモデルルームや専用庭のガーデニングデザインなどが主な仕事で、大型のマンションの空いている部屋を使って棟内モデルルームをつくり家具付きで販売していました。そのうち、賃貸マンションで空き部屋をたくさん持っている方から相談をうけ、リノベーションした賃貸の部屋をオープンルームにし、依頼がきたらまた部屋をつくり替えるというプランにしたのです。それが賃貸マンションのリノベーションを手掛けるきっかけで、当時、そんなことをしている会社はあまりなかったので、とても好評でメディアにもたくさん取り上げていただきました。

  • オープンルーム(提供:太田千春)

    千春:お手伝いをはじめて8年くらい経ったころ、突然、社長が亡くなってしまったんです。39歳という若さでした。ずっと2人でやっていたので、会社がやっていることはほぼわかっていました。提携していた会社も多くて、仕事をストップするわけにはいかず、これまで社長がやってきたことを引き継いでやりはじめたんです。結果的に、それが独立して一人でやっていくきっかけになりました。その後、2年くらいは記憶がほとんどなくて。忙しいのと慣れないのとで必死でした。それから、徐々に自分のやりたいことにシフトしていった感じです。店舗の空間デザインと合わせてメニューや看板、パッケージデザインなど、建築だけでなく、自分の得意な内容に仕事が広がっていきました。事業を引き継いで一人でやり始めてから今年で15年になります。最近は、やりたいことしかやらないというスタンスでできるようになってきましたね。

    select shop Calli のリニューアルプランのイメージパース

    千春さんの手掛けるものには、どこかパリの空気が漂っていると思うのですが、パリとの関わりを教えてください。

    千春:仕事を引き継いでバタバタしていた頃、それまで携わったことのないジャンルのこともしないといけなかったので、本当に四六時中ずっと仕事をしていて、小さい子どもみたいにごはん食べながら寝落ちするみたいなこともしょっちゅうで。このままではいけない、人間らしい生活がしたいと思ったんです。きっと、2年くらい経って落ち着いてきたんだと思います。何か新しいことをはじめようと、ふと、フランス語をやってみようと思って習い始めたんです。語学に興味があったのですが英語はとても苦手意識があって、フランスの建物、デザイン、音楽や映画も好きだったし、フランス語なら全くゼロだから逆にいけるかもと。それがよかったのか、スポンジみたいに吸収できたんです。
    フランス語を習い始めてから半年経って、生れてはじめてフランスに行きました。カフェで「アン・キャフェ・シルブプレ」と言ったら通じて、嬉しくて。フランス語の勉強も楽しくなってきたころで、はまったんです。
    それから、毎年パリに行くようになりました。そんな時、パリ在住の友達の親友が日本に帰ってきていて、大阪に来るので案内してほしいとお願いされたんです。京都なども案内して仲良くなって、今度パリに来るときは泊めてくれると言ってくれたんです。実際にその次に行ったときに泊めてもらって、それからは毎回泊めてもらっていています。フランスの友人も増えて、インテリア見本市に行ったり、大きなホームセンターでリノベーションで使うようなパーツを買ったり、いつも英気を養いに行っています。

  • 蚤の市リサーチの様子 / リノベーションアイデアを出したパリのアパルトマン(提供:太田千春)

    千春:初めてパリに行った時、友人と二人旅でアパートを借りたんですが、ついたその日の夜にファントンム(お化け)が出たんですよ。小さな女の子だったんですけど、怖がらせに出てきたのではなく、やっときたね、長い間待ってたよという歓迎の印、お出迎えだったと、この話をした時に言われたことがあって。そうだったのかなって思っています。

    お洋服やスタイルにも、そんなパリの雰囲気が表れていますが、千春さんにとって、身に纏うもの、好きなファッションとはどんなものですか。

    千春:身に纏うものは、自分自身がご機嫌になれるものを選んでいます。
    MAGALIの恵理子さんのインテビューでも話されていましたが、大阪の南船場あったアサンスールが好きでした。今でも、あんなお店があったらいいのにと本当に思います。アサンスールで購入したお洋服や靴は、お店なくなった後もかなり長い間ずっと着ていたけど、もうさすがに着れなくなっちゃいましたね。MAGALIも好きです。手仕事を感じられるようなお洋服が好きなのかもしれない。スペインのD-dueというブランドも好きで、手描きのようなイラストのプリントやシルクスクリーンで刷ったような柄が入っていたり、面白いお洋服が多いんです。

    MAGALIのブラウス

    いつも、本当にオシャレな千春さん。
    お洋服のコーディネートやオシャレの話ですっかり盛り上がってしまう。

    どんなふうにコーディネートをされていますか。

    千春:わたしはアクセサリーや靴、靴下などの小物からコーディネートを考えるのが好き。今日はこの時計をつけていきたいからとか、このブレスレットをつけるなら指輪もしようかな、ブレスレットがちらちら見えた方がいいから袖は長くないほうがいいかなとか。今日は白い靴下をはきたいから白い靴下がかわいく見える靴、ちょっと派手な靴下をはきたいから洋服はおさえたものにしようとか、いつも脇役から考えていきますね。

    ご一緒させていただいたハルカスの講座の時の千春さんのスタイル、本当に、完璧だなと思っていたんです。あの時のコーディネートは何が中心だったのでしょうか。

  • あべのハルカスで開催した空間デザイン講座の様子

    千春:あの日のコーディネートの出発は、ピンクの靴からだったかな。講座で人前に立つので顔周りを明るくした方がいいなと思って、ピンクの靴に合わせて淡いピンクのトップスを選んで、それには、NINE STORIESのイヤリングを合わせたらぴったりだと思って。ボトムのパンツが最後に決まりました。このパンツはD-dueなんです。
    ファッションを考えるとき、わたしがそこにいてどうかということを考えます。前に立つ役だからアクセントになる方がいいかななど、その空間にいる自分をイメージします。プランやデザインを考えている時も、視線の先に空間が立ち上がっていることがよくあります。

    NINE STORIESのタッセルイヤリング

    千春さんがご自身のお洋服やコーディネートに満足しだしたのはどのくらいからでしょうか。

    千春:今思えば、15年前くらいはあまり満足していなかったと思います。その時々で好きなものを選んではいたけど、自分のキャラクターに合ってきたのはこの10年くらい。以前は社会的にみてどうか、流行りやウケそうな感じなどを意識していました。独立して数年は自分に自信がなかったので、ありもしない「わたし」を演出していました。自分とは別のキャラクターを被って鎧で固めていたと思います。
    それに、30歳を過ぎたくらいのころは自分で自分にプレッシャーをかけて、ずいぶん調子を崩していました。女性にとっては難しい時期ですよね。仕事でもよく怒られていたし、存在意義がないと言われる日常で。
    その時期、その時期で、大変なことと頑張ったことがあって、歳と共にどんどん解放されていきました。わたしの処し方を自分自身でわかるようになっていったんですね。自分を受け入れることができて、認められて、自信がついて、成長することができたんだと思います。それはファッションにも連動しますね。
    今は、仕事もスタイルも好きなことしかしていないので、自分の中でのTPOはあるけど、よりわたしを前面に出していけるようになれたと思います。

    仕事もスタイルも、自分らしさを見つけることができた千春さん。今、大切にしていることは何かを伺うと、「愛」と朗らかに笑って答えてくれました。

    仕事に対する姿勢は「愛」のみ。
    それってどういうことなのか、教えてもらえますか。

    千春:「愛」の持てない仕事はできなくて。お声がけくださったお客さん、企業、オーナーなどの依頼者、建物や商品自体でもいいのですが、そのために心からこうしたいと自分自身が思えないとうまくいかないんです。もちろん、片思いではなく向こうからの愛が感じられるかどうかも重要なポイント。そこに愛情をこめられるかどうかは、最初にわかりますね。感覚的な話になるのですが、とても大事にしていることです。それがあれば、多少のことやトラブルもうまく対応できたり、考え方をスイッチできたりするから。いつも仕事はすべて全力投球でするので、スムーズにいかなかった時の精神的なダメージが大きくて。できるだけ余計なことを考えずに入魂したい。そんなわたしを好きでいてくれる(笑)お客さんとは、企業だと長続きするし、個人の方だと次につながっていくことが多いんです。

  • select shop Calli のリニューアルプランを検討している様子

    これから力を入れていきたいことはありますか。

    千春:新しく始めていることで、フランスにいる友人たちが、カメラマン、ライター、コーディネーターなどが集まったエージェントを立ち上げようとしていて、声をかけてもらったので、フランスっぽい空間をつくれるデザイナーとして加わることになりました。そのエージェントのロゴマークやカード、ホームページの制作などのお手伝いもしています。具体的には、雑誌社がパリ特集をするためのロケハンや、例えば「パリのお部屋づくり特集」の紙面づくり、日本の企業がパリで何か販売したいときのリサーチや現地でのアテンドなどを手掛けるイメージです。去年から進めていたのですが、今年いよいよスタートできそうで楽しみです。
    これからは、より好きなことだけをやっていけたらいいなと思ってます。わたしが関わることで、個人ならその方の生活や人生、企業ならその先の、住む人、借りる人、働く人の日常や暮らしを豊かにする何かにつながれば、それは本当にうれしく幸せなことだと思って、いつも取り組んでいます。

    自分自身を受け入れることで、好きな仕事とスタイルを見つけ出すことができる。
    そして、いつも自分自身がご機嫌さんでいつづけること。
    そうすれば、大きな影響力はなくても、自然にそこにあるちょっとしたことに関わることができ、誰かの暮らしや人生に素敵なものを添えられるのかもしれません。
    柔らかくてしなやかで、そして、自由なスタイルに憧れが募るばかりです。

    text & photo:林 彩華